漢方での新型コロナウイルス感染症治療の考え方と漢方処方

「攻める予防3」:予防の漢方処方詳細。板藍根と魚腥草

みなさま新型コロナウイルス感染症の第一波はなんとか躱せることが出来ましたでしょうか。当院におかかりの方々から頂いたご報告では、PCR検査を受ける基準には満たずに、症状的には少々疑わしい方も何人かおられましたが、いずれの方も前回ご紹介した清肺排毒湯せいはいはいどくとうを服用されて大事には至りませんでした。清肺排毒湯は当院には存在しない処方でしたが、日本感染症学会のホームページで紹介されたのを知り、国内にある生薬の在庫が少なくなっている中、なんとか探し出しそれを大急ぎで集めて清肺排毒湯を作ることができました。また抗ウイルス作用のある板藍根ばんらんこんなども早々に市場から消えかけていましたが、調達することが出来まして、後述する予防の漢方処方AとBの二つの漢方処方を再現することができました。科学的、医学的に有効性を判定するにはさらに細かい検証が必要なのですが、ともかく今みなさまが無事だということが何よりも物語っていると思います。

さて、ここでは「攻める予防2」で簡単に触れましたが、台湾国家中医学研究所の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)治療ガイドラインに掲載されている2種類の漢方処方について、感染症に対する漢方治療の観点から、少し詳しく説明しようと思います。

Aの漢方処方)黄耆、荊芥、甘草、生姜、板藍根、魚腥草、薄荷、桑葉
Bの漢方処方)荊防敗毒散加魚腥草板藍根けいぼうはいどくさんかぎょせいそうばんらんこん

以下の表にそれぞれの生薬の働きを記載しました。

A処方 B処方 作用 抗ウイルス作用
荊芥 体表部の毒素の発散、消炎作用
防風 体表部の毒素の発散、気道粘膜の保護
独活 体表の湿を取る
柴胡 清熱作用
桔梗 消炎排膿作用
川芎 気を巡らせる
茯苓 胃腸の保護
甘草 構成生薬の働きを調整する
生姜 防風の作用の増強
羌活 体表の湿を取る
前胡 清熱作用
薄荷 荊芥や防風の補助
連翹 体表部の毒素の発散
金銀花 清熱解毒作用
枳殻 消炎排膿作用
桑葉 荊芥や防風の補助
黄耆 気道粘膜の保護
板藍根 抗ウイルス作用
魚腥草 抗ウイルス作用

ここで漢方での感染症治療の考え方を少しお話しします。

漢方では感染症を病邪びょうじゃと呼ばれる外部からの攻撃ととらえ、その進行度合いにより、感染症の経過を3つのステージに分けて考えています。ここで言う病邪は新型コロナウイルスでもインフルエンザウイルスでも、通常の風邪ウイルスでも同じだと考えて下さい。第一期は病邪がまだ体表にいる段階で、皮膚や鼻の奥、咽のあたりにウイルスが付着し、そこより体の内部に侵攻して行こうとしている段階です。第三期とは病邪は既に身体の深部(裏)、主に消化管系にまで到達した状態を言います。第二期は第一期と第三期の間で半表半裏はんぴょうはんりと言い、胸腔内臓器や肝臓部のあたりに病邪が集まった状態だと捉えています。

3つのステージに分けて考えたと言うことは、治療も3つのステージで異なります。第一期の治療は体表に集まった病邪をそのままその部位より押し出してしまう方法です。代表的な処方は葛根湯(当院では風邪2号)で、服用して発汗させ、また皮膚の網目を広げることにより汗と共に体から排出してしまおうと考えたのです(発汗)。第二期では病邪は体表部を通過して身体の中心部あたりに存在するので、治療の原則は体の中で解毒しなければなりません(和法)。第一期と第二期の両ステージにまたがり病邪が存在することが多いので、両者の治療を併せもった性格の処方を使います。代表的な処方は柴胡桂枝湯(当院の風邪5号や11号)または柴葛解肌湯(当院の風邪1号)になります。最後の第三期では体の深部の消化管まで入ったものは下から排出させるのが最も合理的であると考え、便を出す系統の処方が使われます(瀉法)。

古書に面白いたとえ話があります。「泥棒が玄関から家の中に入りかけている時には大きな声を出して追い出すがよい(発汗)。奥へ入って裏口近くまで行っていたら、これまた裏口より追い出すがよい(瀉法)。しかし、家の中にいる時は、うっかり騒ぐと居直ってどんな乱暴なまねをするかもわからないから危険である。この場合はうまく言い聞かせるなり、なにがしかの金を与えてなだめすかして、おだやかに帰らすがよい(和法)」

さて新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に当てはめて考えると、第一期は自覚症状が全くなく、気づいた時には第二期、第三期へと進行している場合が多いということです。しかも感染から肺症状が出るまでおよそ二週間かかるということは、第一期から第二期に移行するこの二週間の治療が、いかに大切かお分かりいただけると思います。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は主に呼吸器症状が問題となっていますので、感染の最終防御地点は呼吸器の入り口である気管入り口になります。漢方的には皮膚は肺が主ると言い、肺、気道、鼻、皮膚は全て同じ「肺」(「」内の肺は漢方の考える肺であり、解剖学的な肺ではありません)が治めていると考えています。そしてさらに科学的に考えても、発生学では咽の奥までは皮膚と起源が同じ外胚葉であることより、皮膚と咽の奥までは連続する同一の部分と考えられます。

Bの漢方処方は荊防敗毒散に板藍根と魚腥草を加えた17種類の生薬から構成されます。この漢方処方の基本である荊防敗毒散は敢えて分類すれば皮膚の処方と言えますが、この様な理由で咽の奥の部位でも皮膚の漢方が効果を発揮するのです。さてこの荊防敗毒散は15種類の生薬から構成されます。

  • 荊芥(けいがい)、防風(ぼうふう)、連翹(れんぎょう)は体内に侵入しようとするウイルスを追い出す作用があります。
  • 桑葉(そうよう)、薄荷(はっか)、生姜(しょうきょう)は荊芥、防風、連翹の働きを強める作用があります。
  • 桔梗(ききょう)と枳殻(きこく)には、抗炎症作用に加えてウイルス感染によりダメージを受けた部位より膿を押し出す作用があります。
  • 柴胡(さいこ)と前胡(ぜんこ)は清熱効果と言い、炎症を抑え解毒作用があり、ウイルスが侵攻して第二期に移行しつつある時に効果を発揮します。
  • 独活(どっかつ)と羌活(きょうかつ)はウイルスの攻撃により炎症を起こした部位の浮腫を取ります。
  • 川芎(せんきゅう)は血流を改善することで感染部位を守る気(抵抗力)を落とさないようにします。
  • 黄耆(おうぎ)は緩んだ粘膜の目をしっかりと閉めることで、外部からのウイルスの侵入を防ぎます。

上記の7つの効果で体を外邪から守る荊防敗毒散は、先ほどの泥棒の話に例えると、城に攻めてきた大勢の敵を追い払うために頑丈な門をしっかりと閉ざし(黄耆)、外壁の所で敵を追い返そう(荊芥、防風、連翹など)と戦い、またその過程で損傷した箇所を素早く修復(桔梗、枳殻、独活、羌活)し、防御が手薄になった箇所に兵員を回します(川芎)。そして少人数ではあっても万が一にも防御を破って侵入して来た敵は中で捉えてしまう(柴胡、前胡)処方だと考えて下さい。

そしてB処方の最大の目玉は、抗ウイルス作用のある金銀花きんぎんかを含む荊防敗毒散に板藍根ばんらんこん魚腥草ぎょせいそうが追加されていることです。板藍根はアブラナ科の植物の根を乾燥させたもので、漢方の抗ウイルス薬とも抗生物質とも呼ばれており、主にウイルス感染症に用いる生薬です。板藍根は2003年にSARSウイルスが大流行した時に広く用いられ、その後の研究でも板藍根の抽出物がSARSウイルスの増殖を抑制することが判明しました。一方、魚腥草、日本では重薬(ドクダミ)もSARSを抑制する作用があると言われ当時は台湾を中心に広く使われて来ました。もちろんこれらの生薬は突然に有効性が認められたわけではなく、実際に両生薬とも1960〜70年代頃から効果を確認する実験がされており、インフルエンザウイルスに対する抑制効果が報告されています。これらのことより、今回の新型コロナウイルス感染症に対して台湾国家中医学研究所が板藍根と魚腥草を予防薬に充分に配合したのだと思われます。

Aの漢方処方の特徴は、先ほどのB処方と比べて構成生薬の数も少なく、ただひたすら門を閉じてウイルスを追い返すだけの処方です。しかし構成生薬が少ないと言うことは、それだけ単独の成分が多いので(総量が同じ場合、A処方は8種類の生薬、B処方は17種類)、ウイルスを追い返す作用はA処方の方が強いのではないかと思います。ただし、A処方には手薄な部分に兵隊を回したり、攻撃を受けて破損した壁を直すなどの作用がありません。しかしこちらにも目玉である板藍根と魚腥草は含まれています。

さて上記のようなそれぞれの処方の特徴を踏まえて、AとBの漢方処方の使い分けを考えると、しっかりとした城壁があり兵員もある程度足りているタイプの方にはひたすら追い返す作用の強いAの漢方処方、少し城壁も防御も不安定なタイプの方はBの漢方処方が合っているかと思います。つまりある程度体ができている方、実証タイプの方はA処方、まだまだ体質改善中や虚証の方はB処方が合っているでしょう。またA処方の良い部分は普段の体質改善の漢方に加えて服用しやすいことです。これも構成生薬が少ないことの利点の一つです。

さて、不運にも防御線を突破されて気管の奥から肺に侵入されたら次の手段は和法になります。今度は体の解毒機能を総動員してウイルスを封じ込めなければなりません。台湾、韓国、中国などでそれに用いられている漢方が清肺排毒湯です。清肺排毒湯については、「攻める予防1」をご覧ください。

新型コロナウイルス感染症との戦いはまだまだ始まったばかりです。知見を総動員して、体の防衛体制を築き、漢方の真髄「攻めの予防」でみなさまとともにこの難局を乗り越えて行きたいと考えております。

院長 細野孝郎

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この記事を書いた医師

院長【細野漢方診療所責任者】

細野 孝郎(ほその たかお)

漢方では、体を整えることで、病気を治したり、また病気になりにくい体作りをします。体のことでお悩みの方はもちろん、現在は健康だと思われている方も、ビタミンを摂るように、自分に合った漢方をみつけて、健康で楽しい人生を送りましょう。

昭和63年北里大学医学部卒 
日本東洋医学会認定医国際抗老化再生医療学会名誉認定医国際先進医療統合学会理事千代田区医師会所属

川崎市立井田病院、藤枝市立志太病院、北里大学病院などを経て現在に至る。
北里大学病院では、膠原病・リウマチ・アレルギー外来を経て、漢方外来設立に尽力、担当。
1992年より聖光園細野診療所でも診療を開始。2021年12月法人(聖光園)から独立して細野漢方診療所として開設し診療を継続中。
得意分野:内科系疾患全般、月経困難症や不妊などの婦人科疾患、皮膚疾患。また、体質改善や健康維持など、加齢にともなうエイジングケアの漢方にも力を入れている。
趣味:猫、洗濯、料理、掃除、フルマラソン(サブフォー、ロンドン、シカゴ、ニューヨーク、ベルリン、フランクフルト、香港、東京、大阪、京都、神戸)など。