• 内科医師からスタートし、現在は三代続いている漢方専門のクリニックを銀座で開業中。女性系疾患(月経関連、更年期、 不妊症など)、アトピー性皮膚炎などから、ちょこっと体の弱い人までお見えになります。趣味はマラソン(基本的にはインドアでテレビ派)、猫(アメショ)、週に1回の外食。マラソンはsix stars finisher(東京、ボストン、ロンドン、ベルリン、シカゴ、ニューヨーク)日本人では338人目位の達成!!

前回は人参湯、半夏瀉心湯について書きました。今回は安中散(あんちゅうさん)、六君子湯(りっくんしとう)、柴芍六君子湯(さいしゃくりっくんしとう)についてです。胃腸系に関しては他にも書いているのでそちらも宜しければご参考下さい。

少し前書きを

続きを書く前に、今回ボストンマラソンを走った時に胃腸の重要性を実感させられました。今回のボストンは気温がやや高く、雨で湿度も高い状態でした。そこで脱水に配慮して意識的に給水を多めに摂取しました。走っている時は気が張っているので良かったのですが、夜に食事に出かけた時にまだ胃に水が溜まっていて、胃の重さを自覚しました。お陰で食べ放題のシュラスコは入らないし、ワインも飲むと気持ち悪いしで少し残念でした。原因は胃の水分吸収力が低下(加齢や疲労によるものか)し、胃に水が溜まってしまったのだと思います。その状態で走ると、重い胃が上下に揺さぶられて胃が疲労してしまうのです。加齢や疲労による自然現象とは言えこれも胃の機能障害の一つでしょう。次回は1回あたりの水分補給量を少し減らして、補給回数を若干増やすつもりです。更には五苓散や茯苓飲などの駆水系漢方を一週間前から飲んで胃腸の水分吸収レベルを上げておくのも手かと思っています。

胸焼け、胃の痛みには安中散

なんかパンシロンみたいな言い回しになってしまいましが、安中散は体質を問わずに良く効くとても便利な処方です。当院の安中散は胃の中に過剰に溜まった水分や胃酸を排出する茯苓を配合して、安中散加茯苓としています。安中散は7種類の生薬から構成され、桂枝、茴香、縮砂、良姜は胃内に貯留した食物の異常発酵を抑えることにより、胃部の不快感を和らげてくれます。延胡索や牡蠣には胃酸調整(多くても少なくても)作用や痛みを抑える作用があります。機能性ディスペプシアや胃腸関連で悩んでおられる大半の方が安中散の症状に合致するのではないでしょうか?

安中散は教科書的には「体の虚弱な人」向けと記載されています。腹証も腹部に力のないタイプの人に使うと言われています。しかし私の経験では、いわゆる実証、がっちりとして腹部も力のある人が服用しても多数の方で効果がありました。中にはガッチリした体格の男性で心窩痞や心窩心窩硬があり、半夏瀉心湯や半夏瀉心湯加牡蠣などを使ってもしっくり来ずに、苦肉の策として安中散を処方したらやたらに効果があった方も数人おられます。最初から安中散を選べば良かったのか、それとも半夏瀉心湯などで胃の熱を取ってからの安中散と言う二段攻撃が功を奏したのかは分かりません。ただ胸焼けや胃の痛みがある場合には、体質に関わらずまずは安中散を考えてみるが良いでしょう。

お腹がポチャポチャする人には六君子湯

お腹がポチャポチャするのは漢方では胃内停水(いないていすい)と言って、胃下垂や機能障害で胃の動きが悪いためと考えています。症状としては空腹感がない、いつもお腹に食べ物が残っている感じがする、そのため胃に血液が集中して、胃重感のみならず、食後の眠さ、手足などの怠さを感じることもあります。

六君子湯は代表的な胃薬系の6つの生薬より構成され、基本的には胃の働きを調整すると考えて下さい。温める作用、また胃熱を取る作用はあまりありません。単純に胃を動かしてくれる生薬群が主となります。腹証も先に書いた胃内停水または腹部に力のないタイプの人などが当てはまります。

人参湯や半夏瀉心湯との違いは、熱が足らずに(冷えて)胃が重い(動かない)人は人参湯、熱が篭りすぎて胃が重い人は半夏瀉心湯、どちらでもない人は六君子湯と簡単に考えても良いでしょう。但し実際にはそう明確ではなく、判断に悩むことは多いのです。

余談ですが30年以上前に自分が漢方系で初めて学会報告したのは六君子湯が効いた例でした。その時に父親から、人参湯の人参と六君子湯の人参の違いに気を付ける様に注意されたものでした。人参湯の人参は温める作用の強い人参、六君子湯は胃腸を補う作用の強い人参です。

自律神経系の悩みプラス胃腸障害には柴芍六君子湯

柴芍六君子湯は六君子湯に柴胡、芍薬を加味した処方です。六君子湯に四逆散(しぎゃくさん)を加えた処方だと考えてください。四逆散は気剤と言う気を巡らせる系統の処方です。自律神経系や精神系の疾患にもよく使われる処方です。ブログでの四逆散の記事一覧はこちら。

悩みや心配事がストレスとなり胃の動きが止まってしまった場合、または根元に自律神経系の異常があり食欲が低下した場合などは柴芍六君子湯の適応です。

四逆散は比較的強い系統の薬で実証の人向けです。しかし柴芍六君子湯には柴胡と芍薬のみ、しかも量を減らして落とし込んでいるため、柴芍六君子湯は比較的体の弱い人に適応します。腹証は六君子湯の腹証に、さらに季肋部の緊張(胸脇苦満)が目標になります。

柴芍六君子湯は胃腸症状のみならず、自律神経系を主訴に来院された方で、何となく食欲がないなどの症状があれば自律神経系の症状共々改善する処方です。

胃腸系の処方は書き出すとキリがありませんし、あまり詰め込んで書くと煩雑になってしまいます。続きはまた今後にしましょう!

お店の人が各種シュラスコを持って、どんどん切り分けてくれます。マラソンの後じゃなくてもう少し胃の調子の良かった時に行きたかったです。ただいくら調子が良くともフルマラソンの後に食べ放題は勿体無い、と言うかやはり胃腸も含めて体が疲れているので、次回からはもう少し消化の良い物にしてお祝いは翌日夜にします!
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